養基村
【やぎむら】

(近代)明治30年~昭和31年の揖斐(いび)郡の自治体名。沓井(くつい)・粕ケ原(かすがわら)・田中・脛永(はぎなが)4か村が合併して成立。大字は旧村名を継承。村名は字田中に鎮座する式内社と伝える養基神社によるといわれる。大正9年田326町余・畑11町余(揖斐郡志),昭和11年田322町余・畑14町余(岐阜県産業総攬)。戸口は大正9年378戸・2,445人。昭和11年402戸・1,433人。主要農産物は,米・里芋・大根,河川漁獲。昭和23年日東あられが建設され,農家の余剰労働力が吸収された。昭和31年9月池田町に編入,脛永のみ揖斐川町に編入。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7109104 |




