福田ケ谷
【ふくたがや】
旧国名:駿河
竜爪(りゆうそう)山から南下し賤機(しずはた)山に連なる山稜の西麓,安倍川左岸に位置する。地内にある鯨ケ岡は観音堂があることから観音岡とも呼ばれ共同墓地が設けられている。当地を上流の下・門屋・牛妻とともに「和名抄」の美和(三輪)郷に比定する説がある(駿河志料ほか)。天正12年極月3日の三輪郷棟別差出(稲葉文書/県史料3)の「ふつたかや」は「ふくたかや」の誤写とも考えられる。
【福田ケ谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【福田ケ谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7113958 |