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田宮村
【たみやむら】


旧国名:尾張

(中世)鎌倉期~室町期に見える村名。尾張国中島郡草部郷のうち。弘安5年7月日付尾張国千代氏荘坪付注進状案に「中島郡南条草部郷田宮村」とあり,永吉・久永畠があった(醍醐寺文書/稲沢市史資料編7)。千世氏荘が再度国衙領となったため,文和2年には直納地として,年貢は国衙領主醍醐寺三宝院上使が徴収し,名主得分は目代が得ている。当村内には熱田(あつた)社領も存在しており,鎌倉後期の熱田社領国衙方押妨注進状案に「田宮郷」と見え,雑事・所当などを国衙に責め取られていたという。年未詳5月21日付熱田宮某奉書では,同じ頃,熱田社が「田宮郷・牛野郷両所」に関東御使人夫1人を課している(猿投神社文書/同前)。正和5年11月熱田社領別納等注進状案写に「田宮郷〈座主隆勝法印申給〉」とあり,同3年以後熱田社座主別納地となっていた(楓軒文書纂中)。南北朝期には文和3年4月23日付熱田社領目録案に「中島郡……田宮御園 畠弐拾四町」とある(熱田神宮文書/稲沢市史資料編7)。応永9~10年には守護斯波義重方の違乱を受け,国衙領の「田宮畠〈半分〉」は給人白江や給人仁都寺に押領された(醍醐寺文書/同前)。永享2年3月5日比丘尼理岌は当村内清水寺住持職と同寺領の「中島郡草部郷田宮村内田畠」を祖柱禅師に譲渡している。嘉吉3年3月4日全端譲状によれば父道明から譲与された「草部郷之内田宮村」の頭光寺住持職と寺領田畠が同族の祖柱禅師に譲渡されている(妙興寺文書/同前)。現在当村にちなんだ地名は見当たらないが,稲沢市日下部地区に比定できよう。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7120276