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六供
【ろっく】


旧国名:三河

乙川右岸,甲山南東麓に位置する。甲山は,日本武尊が征東の途次,当地に甲を埋めたという伝説により名付けられたという。松平清康が,享禄3年岡崎城の鬼門除として安城から薬師堂とその六坊を当地に移し,天台宗甲山寺と号した。松平広忠の頃に12坊となるが,その後退転して徳川家康の頃は6坊となり,慶長8年に寺領250石を安堵された。同年に家康が本堂護摩堂を再建。この時より六供六坊の名が生じ,以来甲山寺領の辺りを六供と呼ぶようになった(旧岡崎市史)。六坊は東円院・定光坊・華蔵坊・密祥坊・極楽坊・多宝坊で,甲山寺とはこれらの総称であった。江戸期を通じて代々岡崎藩主の祈願所として当地方に重きをなした。甲山寺北裏には六供八幡宮があり,これも松平清康が安城から勧請した。寺領のうち門前周辺に100石余があり,享和年間に農家が63軒あった。
六供(中世)】 戦国期に見える地名。
六供町(近代)】 明治5~9年の町名。
六供村(近代)】 明治9~22年の村名。
六供(近代)】 明治22年~大正5年の岡崎町の大字名。
六供町(近代)】 大正5年~現在の岡崎市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7124683