北山
【きたやま】

旧国名:伊勢
伊勢平野北部,朝明(あさけ)川の中流左岸の河岸段丘に位置する。北部は台地,南部は朝明川の形成した平坦な沖積地。地名の由来は中里の北で山間に位置することによるという(勢陽五鈴遺響)。西大鐘から続く台地上に7万5,000m(^2)におよぶ大規模な北山遺跡がある。昭和49年の発掘でA~C地区のうちC地区から掘立柱建物跡や竪穴住居跡とともに土師器・須恵器の壺・高坏などが出土し,同遺跡が6世紀前半~7世紀後半の集落跡であることが明らかになった。東部の大鐘坂上の公園に経塚があり,古刹の跡と思われる。この周辺に昔七堂伽藍(西徳寺)があったが,戦国期に織田信長の兵火にあって焼失,時の寺僧が経典の焼失を憂い,ここに大般若経を埋めたと伝えられる。塚のそばに樹齢400年を経た周囲3.6mの大檜があり,塚の目印に植えたものと伝えられる。この公園内にはほかに江戸期の石造地蔵尊,江戸期~明治期の大漢学者大賀賢励の碑や大地主で政治家でもあった下田享三の碑がある。
【北山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【北山(近代)】 明治22年~昭和29年の下野村の大字名。
【北山町(近代)】 昭和29年~現在の四日市市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7126427 |




