下友田
【しもともだ】
旧国名:伊賀
河合川の支流鞆田川下流域,開析の進んだ水口丘陵南端部に位置する。中世鞆田荘の地。地内には,稲増・竹内・山内3氏の館址と伝えられる中世城館跡がある。天正9年の天正伊賀の乱では蒲生氏郷軍7,000余が玉滝口より侵入,内保・槇山・玉滝・湯舟・友田の土豪は雨乞山砦にたて籠ったという(伊乱記)。
【下友田村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下友田(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7127226 |