相谷
【あいだに】

旧国名:近江
中世には熊原(くまはら)と称することが多い。地名の由来は地形によるらしいが不明。中世では熊原のほかに雷溪・雷谷村とも(永源寺文書),また紺碧の淵に近いためか,藍谷とも(輿地志略)記され,「古くは村名を熊原と称す,永禄の頃二分して雷溪・熊原の両村となるも,天正十九年併合して相谷と改称す」と郷土史にあるが,それ以前の文書にも相谷の字句が見られる。現在は大字相谷の小字に熊原があり混同したもの(愛智郡志)があるが誤りである。
【相谷(中世)】 戦国期に見える地名。
【相谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【相谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7130043 |




