久徳
【きゅうとく】
旧国名:近江
多賀の北,芹川(せりかわ)の右岸沿いにある。中世京極家の物頭久徳氏の居城のあったところ。永禄3年,浅井長政に攻められ1日で落城。村中に城隍の形を残し,久徳城主の墓と称せられる石塔がある。なお元亀元年,久徳左近兵衛尉は織田信長から近郷3,000石を与えられたが,同年末対立関係にあった高宮右京亮に破られている(市町村沿革史)。
【久徳村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【久徳村(近代)】 明治22年~昭和16年の犬上郡の村名。
【久徳(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7131946 |