後野
【うしろの】

旧国名:丹後
加悦谷(かやだに)平野の中央部に,野田川をはさんで位置する。地名の由来は「かやの後の野」であることによるという。地内には全長118mの前方後円墳白米山(しらげやま)古墳や帆立貝式古墳の円山古墳など11基の古墳があり,付近の水田には古墳時代~平安期の複合集落跡が多い。中坪・梅ケ坪など条里制の名残の地名も残っている。また,応永年間天寧寺慶中加大和尚の開山と伝える臨済宗大智院宝勝寺,貞治年間円応国師が但馬国出石より移建したと伝える真言宗九鬼山西光寺がある。「丹後御檀家帳」にも見える西光寺には,応永16年在銘の板碑があり,裏山一帯は中世の火葬墓地である。
【後野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【後野(近代)】 明治22年~現在の加悦町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7136986 |




