木屋
【こや】

旧国名:山城
木津川右岸に位置し,東・北・西の三方を山で囲まれる。笠置(かさぎ)道すなわち伊賀街道が木津川に沿って西の鋳司(ぜず)から東の笠置へ通る。地内の中央部から木屋峠を越えて杣田を経て,和束(わづか)の中心部釜塚へ通じる道路も分岐している。当地の沿革については「宝亀年中ヨリ和束郷ニ属シ,一ノ渓谷タリシヲ,当初草水(くさず)(草水ハ本郡切山村ノ内ナリト)ノ民此所ニ家屋ヲ構ヘ,専ラ木材ヲ運搬ス。因テ,木屋浜ト称ス。嗣後,漸ク部落ヲ成シ今ノ称ヲ用ユ」とあり(府地誌),木津川の水運を利用した木材輸送にゆかりのある地だと説かれている。地内西部の木津川中に突出する駒返岩と呼ばれる38m余の巨岩は,元弘3年に楠木正成が笠置山の行宮の急を救うため軍を率いて当所にさしかかったとき,笠置城の陥落を聞いて引き返したことから,駒返岩の称を得たと伝える(同前)。
【木屋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【木屋(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7139987 |




