下粟野
【しもあわの】
旧国名:丹波
長老ケ岳(917m)の西麓,上和知川上流の小盆地に位置する。地名の由来は天正の頃の当地の豪族和知衆の1人粟野氏によるという(船井郡誌)。中世には和智荘の荘域で,上流の上粟野と合わせて単に粟野とも称されたらしいが,すでに天正年間には九条家領「和智村」のうちとして「下あわの村」「下粟野」と見え,九条家に年貢を進納している(図書寮叢刊九条家文書5)。
【下粟野村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【下粟野(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7140903 |