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白栖
【しらす】


旧国名:山城

和束(わづか)川右岸に位置し,北は高峻な山嶺を経て綴喜(つづき)郡に接し,東は別所,西は石寺と山地をもって境とする。南北に細長く,傾斜地が多く,ほとんど平野部を見ない。小字大勘定の和束川右岸にのぞむ丘陵台地上の円墳は,聖武天皇の皇子安積親王の墓と伝え,太鼓山とも称される。小字長井の和束川渓流の巨岩怪石と激流の織りなす自然美は,特に滝の堂と呼ばれる名勝として知られたが,明治後期に里人によって石材として売られ天然の景勝を毀損するにいたった。滝の堂と呼ぶのは,この沿岸に小堂宇が建立されたことがあることによるという。滝の堂から林中に10数歩進むと,西和束弥勒磨崖仏に至る。6,7m四方の自然石に半肉彫とした弥勒菩薩立像で正安2年4月の銘がある。ここはかつて鷲峰山への行者が滝水に浴する行場であり,その道中にあたっていた。小字西谷の森田山は,往昔森田伊勢守の居城の地と伝え,山腹の1,000坪ほどの台地は五郎右衛門屋敷と呼ばれ,森田氏の子孫五郎右衛門の屋敷跡という。また山頂付近の長馬場は,森田氏が調馬を行ったところと伝える(相楽郡誌)。
白栖村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
白栖(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7141433