池田
【いけだ】

旧国名:和泉
槇尾川中流域一帯に位置する。地内に古墳後期の古墳群が多く,光明池南西の和田古墳群,光明池南方の三林古墳群,その南方に黒石古墳群がある。中世の池田郷内にあたる国分・浦田・室堂などには光明皇后に関する多くの伝説がある。これらの伝承の起源については明らかではないが,光明皇后の母県犬養橘三千代の氏族である橘氏の支流が古代池田郷あたりに住んでいた可能性があり,これに関係するものとも,中世池田荘が光明皇后の父方である藤原氏の氏神春日神社の社領であったことによるとも思われるが,いずれにせよ中世に成立した伝承と考えられる。
【池田郷(古代)】 平安期に見える郷名。
【池田荘(中世)】 平安期~南北朝期に見える荘園名。
【池田郷(中世)】 鎌倉期~南北朝期に見える郷名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7147444 |




