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家原寺?
【えばらじ】


旧国名:和泉

石津川中流右岸に位置する。地名は地内の家原寺にちなむ。戦国初期と推定される年未詳10月30日の細川常泰感状(和田文書)に,「於今度家原寺早速馳参忠条尤以神妙」と見え,和田又八が家原寺の守護方の陣に馳参していることがわかる。また,永正8年と推定される7月24日付の細川高国感状(北河原氏家蔵文書/伊丹中世史料),12月14日細川澄元感状(末吉文書/西宮市史4)から,7月13日に細川高国と同澄元との間で家原合戦があったことが知られる。この後もたびたび戦場となり,永禄9年2月,三好三人衆と松永久秀が摂津から和泉にかけて戦ったとき,松永方の和泉衆は家原城から出陣したが,敗れている(足利季世記/集覧)。同11年12月28日三好三人衆方は「三好義次ノ内衆寺町左近大夫,雀部治兵衛カ籠リシ和泉国家原城」を攻めた。寺町らは城から切って出て防戦したが敗れ,「城へ入テ,城ニ火ヲカケ」たという(同前)。この時の合戦については「多聞院日記」永禄12年正月5日条,同年2月27日三木良頼書状(上杉家文書1/大日古)にも記されている。「古城」と呼ばれる城跡があったという(全志5)。
家原寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
家原寺(近代)】 明治22年~昭和18年の大字名。
家原寺町(近代)】 昭和18年~現在の堺市の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7147988