観音寺
【かんのんじ】

旧国名:和泉
槇尾川下流左岸に位置する。地名は地内にある観音寺にちなむ(全志5)。地内には,天平2年に藤原氏により築かれたと伝える観音寺城址があった(同前)。また,南北朝期の建武5年7月16日付の日根野道悟軍忠状(日根文書/岸和田市史6)に,同年5月22日,「自堺浦没落凶徒等,引籠観音寺并箕形城」とあり,観音寺に南朝方が陣取り,戦場となったことがわかる。
【観音寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【観音寺(近代)】 明治22年~昭和31年の大字名。
【観音寺町(近代)】 昭和31年~現在の和泉市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7148926 |




