国分寺
【こくぶんじ】

和泉市国分町にある寺。高野山真言宗。山号は護国山。本尊は薬師如来。当寺は天平13年聖武天皇の発願により国ごとに設置された国分寺の1つ。創建時期は「続日本後紀」の承和6年5月3日条に,「和泉郡にある安楽寺を以て国分寺となし,講師一員僧十口を置く」と記されることから,国分寺建立の発願がなされたほぼ100年後,安楽寺と号する寺を和泉国分寺に指定,「延喜式」主税式によれば当寺料として稲5,000束が給されている。近隣の池田谷には聖武天皇の皇后光明子生誕の地とする伝承があり,当寺をもって皇后の生家と伝える(和漢三才図会)が,この伝承は中世に池田谷一帯(池田荘)が,大和国にある藤原氏の氏神春日大社と氏寺興福寺に支配された地であったため,当地と藤原氏の関係づけの必要から発生したものと思われる(和泉市史1)。南北朝期の延元2年7月4日には,南北両軍が河内・和泉両国の境で合戦を行い当寺も戦場となる(和田文書/大日料6-4)。以後江戸期に至るまでの寺歴は未詳の部分が多い。「泉郡寺社覚」に,当寺の通称とされた福徳寺が高野山密蔵院末の寺として記され,寺の存続を知る(鬼洞泉州志)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7149691 |




