小屋町
【こやちょう】

旧国名:和泉
(中世)戦国期に見える町名。堺南荘のうち。初見は天文4年4月28日の念仏寺築地修理料差文(開口神社史料)で,今市町と舳松(へのまつ)町の間に「小屋町」と見える。この町から築地修理に1貫ずつ寄付をした人には,「孫右衛門殿〈妙善〉」をはじめ,「姫靏・板原・竹中・井坊・木津や」などの名が見える。また「証如日記」天文5年11月5日条によれば,細川晴元被官の木沢長政が軍勢を率いて堺に入り,「舳松,今市,小屋,此三町」を攻撃するとの情報が本願寺証如にもたらされている(石山日記)。この3町は舳松の空誓を使者として証如のもとに遣わし,木沢長政との交渉を証如に依頼している。江戸期には紺屋町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7149813 |




