宿屋農人町
【しゅくやのうにんちょう】

旧国名:摂津,和泉
(近世)江戸期~明治5年の町名。堺町のうち。はじめ北本郷,元禄6年北組に所属。文久3年改正の堺大絵図によると,大道筋の宿屋町から東へ6筋めに宿屋内農人町,7筋めに宿屋農人町とあり,東端は惣堀に沿う。元禄8年の「手鑑」によると地子銀53匁余・役家数31軒,享保5年には家役数30役(堺市史5),寛政11年の石銀家数寄帳では家数47軒・地子銀45匁余・家役数64役(全志5)。明治5年宿屋町東1~3丁となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7150442 |




