西笹町
【にしささまち】

旧国名:摂津
(近世)江戸期~明治5年の町名。江戸期は大坂三郷北組のうち。もと七郎右衛門町の一部で成立に際して七軒町を編入(初発言上候帳面写/大阪市史5)。江戸中期には町名が見える。元禄13年の大坂三郷水帳寄せ帳によれば家数21軒,役数29,うち無役数1(年寄),年寄は近江屋次左衛門。「西よこぼり東がハ座摩の宮うら門前より,ばくろう町通迄」を町域とし(宝暦町鑑),大坂随一の材木商集住地であった西横堀二十四浜の一角をなしていた。椹木(さわらぎ)町・南渡辺町とともに当町は坐摩神社祭礼の際に人足・社中掃除人足を出した。このため御用人足火事人足賃・惣代扶持銀以外の公役は免除された。明治2年大阪東大組に所属。同5年横堀1~6丁目となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7152545 |




