御厨
【みくりや】

旧国名:河内
第二寝屋川上流左岸に位置する。「延喜式」巻39の内膳司に「河内国江厨所進」として「造雑魚鮨十石味塩魚六斗」と規定されているが,当地からも調進されたと考えられ,地名は,古代において当地が皇室の供御・水産物を貢進する御厨であったことにちなむという(全志4)。「新撰姓氏録」河内国皇別に「江首〈江人附〉彦八井耳命七世孫来目津彦大雨宿禰大碓命之後也」とあり,古代において江首が当地に居住していたと推定される(地名辞書)。また,地内には,「延喜式」神名帳に「若江郡廿二座」の1つとして見える「意支部神社」があったと思われる(同前)。
【御厨村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【御厨(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7153964 |




