童子畑
【わらずばた】
旧国名:和泉
和泉山脈が金熊寺(きんゆうじ)川と支流堀河(ほりごう)川とによって浸食されたY字型の谷筋をはさんで位置する。かつて当地に荒尾谷天王の社があり,住民の尊崇が厚かったという。当地は山間の深奥部であるため,天正年間,泉南地方を兵火に巻き込んだ織田信長の根来攻略の際には新家(しんげ)地区の住民の避難地にもなった(全志5)。
【童部堂(中世)】 戦国期に見える地名。
【童子畑村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【童子畑(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7154956 |