笹倉
【ささくら】

旧国名:播磨
加古川支流万願寺川中流域,中播丘陵北部在田盆地の南部。室町期には光照院領で長浜氏が荘官を勤めたという。長浜氏は在地土豪として笹倉に居住し,地名を名乗り笹倉(佐々倉)氏とも称した。笹倉氏は在田氏の勢力下に入り,その後三木別所氏に属し,三木落城ののち帰農して庄屋を勤めた。室町期成立の「峰相記」に「富家ノ庄佐々山ノ里」と見え,この佐々山の里は当地にあたるか(続群28上)。永正10年5月19日と同16年11月3日の光照院納所奉書案によれば,光照院が年貢緩怠を理由に富家民部丞の給名を差し押さえ,これを佐々倉氏に与えている(長浜文書)。また,文禄4年7月には殿原村と笹倉村の間で井水の相論が起きている(同前)。
【笹倉村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【笹倉(近代)】 明治22年~昭和42年の大字名。
【笹倉町(近代)】 昭和42年~現在の加西市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7158741 |




