山西村
【やまにしむら】

旧国名:播磨
(近世)江戸期~明治10年頃の村名。播磨国明石郡のうち。印南野台地北東部,雌岡山麓西方に位置。地名は雌岡山の西方にあたるという立地によるものと思われる。明石藩の開墾策によって江戸前期に成立した新田村。明石藩領。村高は,「元禄郷帳」(竜野市立図書館蔵)18石余,「天保郷帳」27石余,「旧高旧領」33石余。鎮守は大歳神社。明治10年頃広谷村の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7164749 |




