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王寺
【おうじ】


旧国名:大和

大和川上流域とその支流葛下(かつげ)川流域に位置する。放光寺(現本町2丁目)は飛鳥期に敏達天皇第3皇女によって建立されたという古刹で,往時は片岡王寺と呼ばれたといわれ,地名はこれに由来するものであろう。達磨寺(現本町2丁目)境内に3基の小円墳がある。このうちの1基は達磨塚といわれ,達磨寺本堂はこの上に建てられている。達磨寺は,寺伝によると推古天皇21年12月に聖徳太子が当地で飢えて道に倒れていた異人に会い,哀れんで衣食を与え,和歌の贈答をした。数日後この異人が死んだため埋葬したが,墓からは屍が消え,たたんだ衣服のみが残っていたのを見て,太子はあの飢人が達磨大師の化身であったことを知り,達磨塚を築き,達磨の木像を安置したのが始まりと伝える。本尊の達磨座像は永享2年仏師集慶の作で国重文に指定され,円福寺(京都府八幡市)・瑞巌寺(宮城県松島町)の達磨とともに日本三達磨と称される。また建治3年の銘のある木造聖徳太子座像,永享7年得巌撰の達磨寺中興の由来を刻んだ石造達磨寺中興記幢,絹本着色涅槃図があり,ともに国重文。ほかに字西安寺に聖徳太子建立四十七か寺の1つといわれる西安寺(久度寺ともいう)廃寺跡(現舟戸2丁目),久度神社(現久度4丁目)に北朝年号の暦応元年銘の石灯籠,文明8年の墨書がある春日曼荼羅収納箱,往生寺(現久度3丁目)に鎌倉期の五輪塔と文明11年の鉦鼓がある。放光寺からは飛鳥・白鳳期から鎌倉期にかけての瓦が数多く出土し,また本堂前に天文17年の石灯籠があり,片岡神社(現本町2丁目)には応仁2年の棟札,品善寺(現元町2丁目)には藤原時代の作の阿弥陀如来座像,同寺薬師堂には南都仏師椿井舜慶作の薬師如来座像がある。また片岡馬坂陵(現本町3丁目)があり,孝霊天皇陵とされている。
王寺(中世)】 室町期から見える地名。
王寺村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
王寺村(近代)】 明治22年~大正15年の自治体名。
王寺町(近代)】 大正15年~現在の北葛城郡の自治体名。
王寺(近代)】 明治22年~現在の大字名。
王寺(近代)】 昭和42年~現在の王寺町の町名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7165729