毛原
【けはら】

旧国名:大和
名張川支流笠間川下流域に位置する。康保3年4月2日付伊賀国夏見郷刀禰等解案(東大寺文書/平遺289)に「所謂板蠅杣者,是在笠間河西方,焼原杣者在笠間河東方・笠間河者是従南流北,其末出会名張河」とあり,平安中期に笠間川の東方,茶臼山周辺を焼原杣と呼んだ。焼原を「やけはら」と読むとすれば,「けはら」の地名はこの杣名から起こったと考えてよい。字東出には国史跡の毛原廃寺跡があり,この寺は東大寺が杣方支配のために設けた中心役所と解される。
【気原(中世)】 戦国期に見える地名。
【毛原村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【毛原(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7166753 |




