調子
【ちょうし】

旧国名:大和
淀川水系芳野川支流母里川中流域に位置する。タフセ(田布施・田伏・遠伏)あるいは「茶臼」(地形名)の転訛とみる説がある(大宇陀町史)。アイヌ語では塁塞を意味する(宇陀郡邑名起源考)。聖徳太子の愛馬甲斐の黒駒の別当であった調子丸の出生地であるという地名伝承もある(同前)。また雄略朝に鳥官の禽が,「菟田の人」の狗に食われたため,天皇は面を刻み鳥養部としたとあることから(雄略紀11年10月条),鳥飼(ちょうし)の義とする説もある(日本地名伝承論)。
【鳥子荘(中世)】 室町期から見える荘園名。
【調子村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【調子(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7168058 |




