奈良阪
【ならざか】

旧国名:大和
明治前期までは奈良坂と書くことが多い。奈良の市街地(江戸期の奈良町)の最北端,奈良町北部低丘陵(平城山)に位置し,京街道に沿い,奈良町北入口にあたる。山城国(京都府)との境界でもあり,また般若寺の北にあたる。京街道は,西の歌姫越とともに京都に通じる主要街道で,低丘陵(平城山)を越えるため,奈良坂とも般若寺坂とも呼ばれ,また車路(中臣祐茂記嘉禎2年10月9日条/春日社記録1),車坂(三箇院家抄3)ともいったらしい。貞享4年の「奈良曝」に「これより北へゆけば木津・京へ行道なり,又東の坂へゆく道ハ伊賀路・江戸海道,又ひかし山中へ行道なり」と記される。
【奈良坂(古代~中世)】 平安期から見える地名。
【奈良坂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【奈良坂町(近世)】 江戸期~明治17年の町名。
【奈良阪(近代)】 明治22~36年の大字名。
【奈良阪町(近代)】 明治36年~現在の奈良市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7168527 |




