大居
【おおい】

旧国名:紀伊
熊野川中流域に位置する。耕地,集落は河畔の低地と,河岸段丘上の高地に発達している。地名について「続風土記」に「村中の田地に灌くに伏拝の萩口より三越川を引く堰あり村名此より起る,居は借字なり」とある。地内に鷹巣山城跡がある。なお地内の九鬼については,戦国期の永正9年霜月7日の九鬼五郎太郎畠地売渡状に,「永代売渡申候畠之事 合代五貫七百文定……売主九鬼五郎大郎 買主鬼城藤兵衛殿」とある(松本家文書/県史中世2)。また永禄10年8月27日の高野山宝塔院関銭定状には,「くき(九鬼)か口御役所中」宛に「定 関銭之事 くきか口 拾文」と見える(同前)。九鬼口関については「続風土記」の大居村の項に,「九木口 村の戌の方十町にあり,果無往還筋也,昔関を置きて関銭を出させし地なり」とあり,また伏拝(ふしおがみ)村の項では「正慶元年二月八鬼尾谷・九鬼・三越峠三箇所に関を置きて熊野参詣の往来を改め」と記されており,本宮と高野山を結ぶ果無街道を往来する人々から10文の関銭を徴収していたことがわかる。
【大居(中世)】 戦国期から見える地名。
【大居村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【大居(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7170697 |




