栗栖郷
【くりすのごう】

旧国名:紀伊
(古代)奈良期~平安期に見える郷名。「和名抄」牟婁(むろ)郡五郷の1つ。天平勝宝2年2月21日付の村君安麻呂の勘籍(正倉院丹裹古文書/大日古編年25)に,「紀伊国牟婁郡栗樔郷戸主村君辛兄之男」と見え,「栗栖郷」とも記されている。安麻呂は養老5年に8歳で当郷を本貫としているが,一時,同郡岡田郷へ移住しまた当郷に戻っていることから,両郷は近接し何らかの関係をもっていたと思われる。当郷域については,「続風土記」「地理志料」ともに,現在の中辺路(なかへち)町・日置川(ひきがわ)町・すさみ町北部付近に比定しているが,「地名辞書」は「今栗栖川村及三栖村近野村などに当るべし」といい,現在の中辺路町栗栖川地区を中心とする一帯と推定されるが,詳細は不明。なお当郷は中世における栗栖川荘に継承されるとも考えられる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7171426 |




