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竹房
【たけぶさ】


旧国名:紀伊

紀ノ川中流域,右岸の沖積平野,左岸最初峰南麓部に位置する。南北に細長い地形。中世から境界争いが続き,現在も桃山町との境界未定の部分がある。古くは神崎と称した。元亨釈書に「釈明算,姓佐藤氏,紀州神崎人,年十一登高野山……嘉承元年十一月十一日寂」とあり,明算は当地の出身とある。江戸初期の成立かと思われる高野山検校帳(高野山文書/大日古1‐7)によると明算は寛治4年に第12代高野山執行検校阿闍梨に補任されている。「高野春秋」治安元年3月と承保2年の条には「佐藤児誕生于州田中庄神崎」とし,注釈には今もって神崎を竹房村と号すとあり,明算が当地に竜蔵院を創建したとしている。この竜蔵院は愛染寺と号し本尊は愛染明王。この寺院からは多くの名僧を出したらしく,高野山検校帳(同前)によると,第14代高野山検校良禅,第19代検校琳賢もともに当地の出身となっている。「明算和尚伝語」は明算の縁起を記したもので,明算が神崎村を竹房村と改称したとしており,これによると,弘法大師が神崎村の紀ノ川南岸べりに阿字堂を建て,近くに竹杖を立て置いた所があるのを明算が聞き,竹房と名づけたとする伝承を載せている(打田町史史料編1)。堂坂遺跡は紀ノ川北岸にあり,昭和54年の発掘調査で先土器時代の石器,縄文・弥生時代の土器・住居跡などが出土した。紀ノ川南岸には,竹房古墳群,百合山古墳群がある。また南北朝期の最初峰山城跡もある。古墳はほとんど消滅している。
竹房村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
竹房(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7172337