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中三栖
【なかみす】


旧国名:紀伊

古くは御簾とも書いたという。左会津川(旧三栖川)中流域に位置し,廊下状の沖積地と河岸段丘が発達する。三栖谷の中心地。地名は,中世熊野権現の御簾の領田であったことに由来するという(続風土記)。残丘状地形の標高234mの衣笠山は眺望がよく,田辺湾を一望できる。衣笠山には文永年間に愛洲八郎経信によって築かれた衣笠城の遺構がある。同城については,室町期のものと推定される11月28日の長則書状に「十月廿五日於衣笠合戦之時」とあり,同じく6月12日の長誠書状に「去年十一月廿五日衣笠秋津口合戦以来……被攻落衣笠知報寺両城」と見え(小山秀太郎旧蔵文書/東大史料影写本),同城をめぐって何度か合戦が行われたことがわかる。また上富田(かみとんだ)町との境にある高地山(尻付山)には室町期の高地山城跡があり,土塁・石垣などがある。
中三栖村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
中三栖(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7172715