西谷
【にしだに】

旧国名:紀伊
富田(とんだ)川の支流で槙山の山足を水源とする渓流西谷川流域の山腹に位置する。地名は川名に由来し,この地が真砂(まなご)村の西に当たるためという(続風土記)。当地内の槙山の肩部にあたる潮見峠は,熊野本宮方面から来て初めて海が見えるのでこの名があり,塩見峠とも書き,塩見坂とも称した。南北朝期ごろの「国阿上人絵伝」には「塩見峠……といふハ第一の嶮難也」とあり(大日料7‐7),このころすでに熊野参詣路が富田川を上る経路から潮見峠越えで高原に至る経路に変わったことがわかる。応永16年12月6日の室町将軍家足利義持御教書によると塩見坂で悪党が関所を構えて熊野参詣者を苦しめたといい(熊野速玉),天正13年の豊臣秀吉の紀州攻めの際,湯河直春らはこの峠で防戦したという(紀南郷導記)。
【西谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【西谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7172898 |




