栗谷
【くりたに】

旧国名:因幡
立岩山山系武庫山のふもと,塩見川の支流栗谷川の狭い扇状地に位置する。古代は日本海の入江の岸辺で早くから古代人の住居地となっており,武庫山麓の舌状丘陵地の栗谷遺跡は縄文後期を代表するもの。発掘調査の結果出土したものは,縄文土器片1,000余点,石器類は石鏃・打製磨製石斧・すり石・錘石・石皿など150点余に及ぶ(福部村調査報告書)。「因幡志」には坂谷権現の石壁に文字のようなものが彫られているとし,その模写を載せているが,これについては「神代文字」であるとか,「韓国の古い俚諺」であるとかいい伝えられている。また坂谷城跡・栗谷城跡があり,ともに戦国期に二上城が山名氏の居城として勢威近隣に風靡した頃,城の守りに当たった砦の場所であったという。
【栗谷村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【栗谷(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7175165 |




