御熊
【みくま】

旧国名:因幡
湖山池の西,内海川の上流に位置する。周囲を低い丘陵山地に囲まれた谷あいにあたる。西は宝木谷,北は内海谷(御熊谷)に至る古道・近道が通じ,古くは交通上の要地であった。地名の由来は,地内にある式内社阿太賀都健御熊命神社(御熊神社)の名にちなむとされる。同社は,因幡(いなば)国高草郡七座のうちに列せられ,「三代実録」によれば,貞観7年,従五位下となり(因幡志),同9年に正三位となった。祭神の健御熊命は,天穂日命(福井)の御子神で,別名天夷鳥(ひなどり)・天鳥船ともいう。神話の出雲の国譲りには,健御雷神の副使として出雲に降り父神に従って出雲に留ったといわれる。また,健御熊命は,この社地付近の崎から一夜で隠岐島に架橋しようとして多くの石柱を切り出したが天邪鬼が邪魔して夜明けの鶏鳴を真似たため,夜明と思って放棄した。そのためこの社地付近の山地から,白兎(はくと)の海中までその石柱が散乱して現在に残り,社地への80段の柱状の自然石階段は,すべてその名残であるという。このため,御熊神社は柱大明神とも称された。この時,石を切り出す鉄を鍛えた鍛冶屋谷,石の切屑を捨てた石屑(こけら)谷,細工谷などの地名が残り,摂社に鍛冶殿社を祀った(県神社誌・因幡志)。この柱状の自然石は,輝石安山岩の柱状節理である。
【御熊村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【御熊(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7176980 |




