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三津
【みつ】


旧国名:因幡

古くは見津とも書いた。湖山池の西北岸に位置する。東南は狭い山すその平坦部で,湖に面し,北は通称枕山と呼ばれる丘陵地。地名の由来については,かつて湖山池が直接日本海とつながり,その湾入であった頃,当地が「水津」であったことにちなむという。東南部の湖岸に突き出した三津が崎には古城跡があり,天正9年湖山池の西岸にあった防己尾(つづらお)城攻撃の際,豊臣秀吉が本陣を置いた跡といわれる(因幡志)。同城には,吉岡将監が唯一の毛利方として寡兵をもって籠城・抵抗し,秀吉は湖上から防己尾城を攻撃したが,将監はよく防戦して秀吉の部将山本喜平次・多賀文蔵ら黄母衣(きほろ)組の士等多数を討ち取り,秀吉自慢の千成瓢箪の馬印を奪ったと伝えられる。当時,秀吉が路傍の松をひき抜いて当地に植えたとされる「太閤手引の松」という名松があったが杣人が伐ったという(稲葉民談記)。北西の丘陵地帯には円墳3基がある(県遺跡地図)。古くからの民俗芸能に「はねそ」「どうねん」という手踊りがあり,近世期旧盆には近隣各村が当番日を定め,相互に集って踊大会をもち,青年相撲も行った。当村の当番日は7月6日であった。また三味線・小唄・芝居なども盛んで,近代まで続いた(末恒村誌)。
三津村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
三津(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7177032