美保関
【みほのせき】

旧国名:出雲
三保関・美穂関・三穂関などとも書く。島根半島の東端に位置し,東・南・北は日本海に面している。地名の由来は「風土記」に,「所造天下大神命,高志国(こしのくに)に坐せる神,意支都久辰為(おきつくしい)命の子,
都久辰為(へつくしい)命の子,奴奈宜波比売(ぬながわひめ)命に娶(みあ)いて産ましし神,御穂須須美(みほすすみ)命,是の神坐します。故(かれ),美保と云う」と記す。当地は古くから角鹿(つぬか)(敦賀)~岡水門(馬関海峡)の航路の要地として海関が設けられていた。鎌倉中期から室町中期の間に記された和歌・日記類には三保関と記されている。三保・三穂・御尾とも記されていた。近世資料には三保関,あるいは三穂関とある。美保関と一定したのは,三保関を美保関と改称するとの明治3年9月の民政局からの達による。
【美保関(中世)】 戦国期にみえる地名。
【美保関(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【美保関村(近代)】 明治22年~大正13年の村名。
【美保関町(近代)】 大正13年~現在の町名。
【美保関(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7181508 |




