生坂
【いくさか】

旧国名:備中
行坂とも書いた。高梁(たかはし)川左岸北東方,倉敷平野北端の狸岩山の南麓に位置する。南の平田村に地名の残る皇太后宮職掌の氏人に生部臣がおり,山麓の坂の多い土地に住んだことから生坂とよんだという(備中誌)。山麓部は鎌倉期には開発が進み生坂荘が成立していたが,「備中誌」によれば南部の湿地は,天正11年の宇喜多氏の開発によるという。また当地には条里制地割遺構がみられる。
【生坂荘(中世)】 鎌倉期~南北朝期に見える荘園名。
【生坂村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【生坂(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7182115 |




