黒崎?
【くろさき】

旧国名:備中
南は瀬戸内海玉島湾に臨む。丘陵が海岸に迫り,大部分は200m以下の丘陵地。近世までは高梁(たかはし)川右岸に浮かぶ島大島東部にあった。中津および西元浜貝塚から縄文中期の石器・土器・人骨が発掘された。また屋守,沙美には古墳が残る。なお,地内の南浦については,灯心文庫本「兵庫北関入船納帳」文安2年5月26日条に,「南浦 備後百七十石 一貫文〈六月七日〉 七郎兵衛 衛門四郎」とあるのを初見として,文安2年5月26日・7月16日・9月8日・10月8日・11月2日・12月12日の6回にわたり,8艘の当地の船が兵庫北関(現神戸港)に入港しており,積荷は,主として米もしくは豆(備後)である。
【黒崎村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【黒崎村(近代)】 明治22年~昭和26年の浅口郡の自治体名。
【黒崎町(近代)】 昭和26~28年の浅口郡の自治体名。
【黒崎(近代)】 昭和28年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7183574 |




