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【こおり】


旧国名:備前

児島半島北岸,金甲山山麓に位置する。南方山麓に弥生中期の貝塚がある。また近隣には宮浦の高島遺跡,北浦の八幡大塚山古墳など古墳時代の遺跡があり,当時は島であった吉備の児島の中心地である。地名の由来は,備前国児島郡の郡衙所在地であったことによる。郡衙衰退後は良港を有する港町で,内海航路の寄航地として繁栄した。「山家集」下雑に糠蝦漁を詠んだ歌があり,総社宮境内には西行法師来遊の石碑がある。同じ頃高倉天皇が厳島行幸の際当地に寄留したといい,北浦の箱崎八幡宮はその勅願になるとの伝説がある。そのほか「大乗院寺社雑事記」長禄4年3月12日条(続大成),「海東諸国紀」(日本庶民生活史料集成27)などに,当地を指すと推定される「備前国児島」「小島津」を記した記事があり,いずれも確証には欠けるが,当地に重要な港湾機能があったと推定される。源平の藤戸合戦の功で児島を領有した佐々木盛綱の一族は金甲山周辺の高山・怒塚山に居城していた。一方東小路・中小路・西小路といった路地の呼称や,「郡千軒寺百軒」と呼びならわされてきたように,戸数に比して寺院が多い。
郡(中世)】 室町期から見える地名。
郡村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
郡(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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