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地頭片山
【じとうかたやま】


旧国名:備中

福山北麓から総社平野にかけて位置する。鎌倉期に地頭職が置かれた地を意味する地頭と,山方の方山によった片山を合わせた地名であるという。古墳は地頭に21基,片山に23基を数える(県調査表)。南北朝期・戦国期には福山合戦・幸山合戦の舞台となった。中世には単に片山と見える。応永27年卯月23日の吉備津宮本宮坊主明紹寄進状(吉備津神社文書/県古文書集2)によれば,「在所,片山之内座主先所之屋敷,本宮売徳(ママ)之下地也」である畠10代が蔵阿弥陀仏に寄進されている。下って天正10年12月26日の備中国庭妋郷御社領書出(同前)によれば,「片山ノ下」には,難波藤兵衛分の田1反20代分8斗4升,畠10代分120文,畠2反分舛1石2斗が,「片山ノ口」には,堀家光正抱分の畠20代分240文,畠10代18歩分150文,藤井高吉抱分の畠25代分300文があった。また同16年5月3日の片山ノ孫四郎旦那職売券(同前)によれば,「〈かた山ノ〉孫四郎」が直銭150文で撫河村安井新左衛門尉の旦那職を吉備津神社中番殿に売却している。
地頭片山(近世)】 江戸期~明治13年の村名。
地頭片山村(近代)】 明治13~22年の村名。
地頭片山(近代)】 明治22年~現在の山手村の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7184144