新庄下
【しんじょうしも】
旧国名:備中
足守川右岸,日差山北方に位置する。地名の由来は,室町期に造山古墳に城を構えていた新庄某が治水工事を起こして開墾し,新たに村をつくったことによるという。長径340mの前方後円墳造山古墳があり,付属する6基の古墳とともに国の史跡に指定されている。特に千足集落には直弧文の彫刻のある石室を有する千足古墳がある。造山の前方部に近接するので陪塚ともいわれる榊山古墳がある。
【新庄下村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【新庄下(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7184465 |