山手公文北
【やまてくもんきた】

旧国名:美作
吉備高原の一部で倭文(しとり)丘陵の北部に位置する。公文の名称は荘園の荘官もしくは公文所に由来したと思われ,これに地勢・方位を加えて成立した地名であろう。また,幻住庵と呼ばれていた幻住寺に伝わる文禄3年2月9日の江原親次寄進田畠坪付写(美作古簡集註解下)に,里公文・山手公文が見える。
【山手公文北村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【山手公文北(近代)】 明治22年~昭和28年の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7187130 |




