吉永中
【よしながなか】
旧国名:備前
金剛川と支流八塔寺川の合流地点に形成された崖錐に位置する。地名の由来は,中世吉永保の中心部であったことによる。早くから開け弥生時代の石斧が出土している。古代官道が通り宿の地名がある。地内の小山には平安末期の刀・筒・銅鏡が出た経塚があり,春日神社には正和4年の田楽板が伝えられている。
【吉永中村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【吉永中(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7187258 |