杵原
【きねはら】

旧国名:安芸
高屋盆地の西北端。地名の由来は,「昔は木根原と書けり」とあり(芸藩通志),山間部の集落であることによるか。壬生忠見集に「つくしにくだるに,あきの国あしの山を,雨のふるにこゆるとて,一たびも,まだ見ぬみちに,まどはぬは,雨のあしこそ,指南なりけれ」とあるあしの山を「芸藩通志」は地内安志乃山だとしている。また二百石谷に享禄3年8月日銘の磨崖仏がある。永禄10年7月平賀氏奉行人より,某寺納所禅師あて打渡状に「正原の内田はたけ之事」とある正原は当地にあり,のち貞重に移る常楽寺はここにあったと思われる。
【杵原村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【杵原(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7188599 |




