原
【はら】

旧国名:安芸
可愛川上流長野川と川末川流域の山間部。海岸にも近く,南方に厳島・能美島を望む。地名の由来は,高く平なる地形を意味した古語の「ハラ」によるという(廿日市の文化)。現在はその所在を失っているが,かつて地内に若佐屋敷跡と呼ぶ古跡があり,「続日本後紀」の天長10年の記事で「力田の輩」として一階を叙せられた若桜部継常の故地とする伝承があった(芸藩通志)。極楽寺は行基開基を伝える古刹で行基にちなむ伝承がある。中世には厳島神領で平良(へら)荘のうち。折敷畑は天文23年に毛利氏と陶勢が戦った古戦場で,その麓に陶方の将宮川甲斐守の切腹岩がある。極楽寺山に星ケ城跡(城主立野主膳)がある。
【原村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【原村(近代)】 明治22年~昭和31年の佐伯郡の自治体名。
【原(近代)】 昭和31年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7190451 |




