中津
【なかづ】

旧国名:周防
錦川がつくった三角州上および門前川流域に位置する。地名の由来は,中州の意によるといい,門前川と本川(今津川)の中間であったためか(玖珂郡志)。郷俗伝来の説に,この中津一帯を古くは麻里布の浦と言ったという。三角州の先端部分から少し今津川を下った右岸に瑞光寺跡がある。瑞光寺に関しては「瑞光寺殿立峰建公大禅尼ト有之位牌ノ裏ニ,応永十二年二月廿一日逝去ト有之」「瑞光寺殿ハ大内弘世ノ息女ニシテ弘中氏妻也ト申伝」(玖珂郡志)とあり,室町期の創建と考えられる。この寺内に薬師堂があり,本尊の薬師如来座像は安阿弥(快慶)の作と伝えられる。伝承によれば,当所に長者が住んでいた。不幸にも最愛の1人娘に先立たれ,その菩提を弔うために薬師堂を建て,堂の地下に黄金千両・朱砂漆各千盃を埋め,その場所を暗示する言葉「朝日さす夕日かがやくその下に黄金千盃うるし千盃」と言い置いた。これからこの長者を朝日長者と呼ぶようになったという。
【中津(中世)】 戦国期に見える地名。
【中津村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中津(近代)】 明治22年~昭和44年の大字名。
【中津町(近代)】 昭和43年~現在の岩国市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7193849 |




