100辞書・辞典一括検索

JLogos

42

根笠錫山
【ねかさすずやま】


玖珂(くが)郡美川町根笠に所在した鉱山。錦川支流の根笠川流域の山地斜面に多くの小鉱山が散在し,早くから錫山・銅山として知られた。根笠川一帯は古生代の玖珂層群と呼ばれる主としてチャート(珪質岩)や粘板岩からなる厚い地層(約2,500m)からなり,これらの間に砂岩や石灰岩を挟在している。これらは白亜紀に貫入した花崗岩の影響でホルンフェルス化作用を受け,また石灰岩の部分ではこれと交代した灰重石・黄銅鉱・磁硫鉄鉱・斑銅鉱・黄錫鉱・錫石・方鉛鉱など多くの鉱物を産出する接触交代鉱床が各地に生成されている(山口県の地質)。根笠錫山は,天正年間に石見国の山師によって発見され,80余年にわたって採掘された(地下上申・注進案)。毛利氏が防長両国に入って最初に着手した鉱山開発は,一ノ坂銀山(山口市)と根笠錫山であった。慶長15年検地帳では根笠錫山3,566石余で,鉱山石があげられており,江戸初期における防長を代表する大鉱山の1つであった。元和元年の蔵入一紙によれば,年間の立銀(運上銀)を定めて請け負わせる方式の請山の1つで,銀山方の支配所にあった。宝暦13年幕府への萩藩の報告では,根笠は寛文年間閉山となったとしている。明治30年代に銅山として再興され,同44年タングステン鉱の発見によって選鉱場などの諸施設を建設して最盛期を迎え,月産20t,従業員300人以上に達し,玖珂鉱山と称した。大正10年価格下落のため休山,昭和28年から再び操業を開始し,重石・銅・硫化鉱・錫重石鉱などを産出する(美川町史)。慶長15年検地帳の町屋敷114,寛永2年検地帳の錫山屋敷98の所在地は,根笠村の旧称といわれる山之内集落であった。「地下上申」に記された「銀のつるを見出した山之内・常灯畑・岩屋」には根笠川の支谷岩屋川に沿って石灰岩の露頭があり,鉱床と無数の旧鉱が分布する。山之内の西方500mの谷頭の井手ノ奥坑や岩屋川の谷奥の土丈敷坑などが江戸期の採鉱跡と推定され,明治期のものと思われる製錬所跡やからみ(鉱滓)の堆積場が残り,今後の調査が必要である(生産遺跡分布調査報告書採鉱・冶金)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7194045