掛盤
【かげばん】

旧国名:阿波
那賀川支流坂州木頭(さかしゆうぎとう)川沿いに位置し,右岸に六郎山,左岸に西三子山があり,瀬津(せづ)・五倍ノ木(ふしのき)・符殿(ふどの)・加州・三田・北浦・岸峰・与沢(よそう)などの小集落から成る。このうち文明8年6月15日の仁宇郷公事銭注文(蛭子神社文書/徴古雑抄3)には,岸峰・北浦・ふしの木(五倍ノ木)・さんた(三田)・名子(名古ノ瀬)・舞子(前子)・せつ(瀬津)などの地名が見える。地名は懸盤にちなむといい,祖谷山(いややま)・剣山などに平家の落人が落ちのびた時,帝の懸盤を奉持していた「小膳番」が当地で死去し,郷土(ごうど)の森に葬られたため懸盤村と称し,明治になって掛盤の表記に改めたとする伝承がある。なお五倍ノ木の一本杉にも平家伝説が残り,大杉の下の祠は落武者の霊を祀るという(木沢村誌)。
【掛盤村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【掛盤(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7195603 |




