桁山
【けたやま】

旧国名:阿波
古くは気多とも称した。四国山地北部,吉野川支流川田川の上流山間部に位置する。地名は,山の中腹の崖上に横長く人家が広がるため家屋の桁に似ることにちなむというが,未詳。なお鎌倉期の嘉暦2年3月8日の種野山注進状案に「定在家漆拾肆宇内 十宇半下別司 十一宇小気多」「気多色々御公事銭弐貫八拾五文」「一,名々田分所当銭 気多三百六十文」「一,名々懸糸事 上別司百九拾五文目……気多百四十文目」「三日厨白米……気多四升弐合」「鳥莬分……気多二」「蔦ノセン……気多二枝」などと見え,当地の在家の数や所課が記載されている(三木文書/阿波国荘園史料集)。
【桁山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【桁山(近代)】 明治22年~昭和29年の三山村の大字名。
【桁山(近代)】 ①昭和30年~現在の山川町の地区名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7195952 |




