100辞書・辞典一括検索

JLogos

25

郡里
【こおざと】


旧国名:阿波

吉野川中流左岸に位置し,北は讃岐山脈の最高峰竜王山を背にし,南は吉野川河岸に至る狭小な扇状地と沖積平野に立地する。地名は,古代には美馬郡衙の所在地であったことにちなむという。6~7世紀の後期古墳である太鼓塚は,四国最大の石室を有する円墳で,隣接する柵塚とともに段の塚穴として国史跡に指定され,高坏・坩などの須恵器や土師器,馬具関係品が出土しており,のちの郡領祖先の墓と推定されている。また白鳳期の創建とされる郡里廃寺は,立光寺とよばれたものと思われ,法起寺式伽藍配置を有し,八角形の塔の心礎跡が確認されたほか,多数の古瓦を出土する。また平安末期もしくは鎌倉初期のものと考えられる字滝の宮の蛇塚山の経塚がある。中世の城跡が字滝の宮上鳥岡の標高235mの山頂にあり,これは戦国期の上野新田氏系の源義利の居館跡と伝える。現存する真言宗願勝寺は行基の草創とも伝えるが,守護小笠原長房の保護を受けた鎌倉中期頃の開基と考えられる。願勝寺には四国最古の鎌倉期の枯山水庭園がある。また現浄土真宗安楽寺(通称赤門寺)は平安期の創建で,もと真如寺という天台宗寺院であったが,鎌倉中期の正元元年,千葉常胤の子孫千葉彦太郎常重が宝治合戦に敗れて姻族の守護小笠原氏を頼り,当地の真如寺に入寺し,浄土真宗に改宗したと伝える。延喜式内小社である天都賀佐比古神社を当地の字轟の轟神社に比定する説もある。
郡里(中世)】 南北朝期から見える地名。
郡里村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
郡里村(近代)】 明治22年~昭和15年の美馬郡の自治体名。
郡里町(近代)】 昭和15~32年の美馬郡の自治体名。
郡里(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7195992